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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)3082号 判決

甲、丙事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という。)

ラメーシュ・マツール

甲事件原告(以下「原告」という。)

シャスティーン・ビー・ヴィデーウス

右両名訴訟代理人弁護士

露木脩二

戸谷茂樹

同(甲事件につき)

大川真郎

甲、丙事件被告、乙事件原告(以下「被告」という。)

学校法人関西外国語大学

右代表者理事

谷本貞人

右訴訟代理人弁護士

俵正市

杉山博夫

高井伸夫

小代順治

高下謹壱

山崎隆

右訴訟復代理人弁護士

小川洋一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  原告ラメーシュ・マツールは、被告に対し、金五五万〇二五〇円及びこれに対する昭和六一年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告に生じた費用の三分の一と原告シャスティーン・ビー・ヴィデーウスに生じた費用を同原告の負担とし、被告に生じたその余の費用と原告ラメーシュ・マツールに生じた費用を同原告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

(以下、原告ラメーシュ・マツールを「原告マツール」と、原告シャスティーン・ビー・ヴィデーウスを「原告ヴィデーウス」と略称する。)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  甲事件

(一) 被告は、原告らに対し、各金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  乙事件

(一) 主文二項と同旨

(二) 訴訟費用は原告マツールの負担とする。

(三) 仮執行の宣言

3  丙事件

(一) 被告は、原告マツールを被告の国際文化研究所教授として取り扱え。

(二) 被告は、同原告に対し、次の各金員及びこれに対する各月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(1) 昭和六二年四月一日から昭和六三年三月末日まで毎月二五日限り各金六六万九五四六円

(2) 昭和六三年四月一日から平成元年三月末日まで毎月二五日限り各金六九万八六〇四円

(3) 平成元年四月一日から同二年三月末日まで毎月二五日限り各金七二万七一七七円

(4) 平成二年四月一日から同三年三月末日まで毎月二五日限り各金七六万二一五四円

(5) 平成三年四月一日から同四年三月末日まで毎月二五日限り各金八〇万〇九四八円

(6) 平成四年四月一日から毎月二五日限り各金八三万八五九三円

(三) 被告は、同原告に対し、金九〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は被告の負担とする。

(五) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  甲事件

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  乙事件

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

3  丙事件

(一) 原告マツールの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は同原告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求の原因

1(一) 被告は、教育基本法及び私立学校法に基づき学校の設置を目的として設立された学校法人であり、肩書地において関西外国語大学及び同短期大学を設置している。

(二) 原告らは、被告に雇用される常勤職員である。

(1) 原告マツール(昭和六年七月二七日生)は、インド国籍を有する男性であり、昭和四八年四月より被告国際文化研究所(以下「研究所」という。)の教授として被告に雇用された。

(2) 原告ヴィデーウス(昭和一六年六月三〇日生)は、スウェーデン国籍を有する女性であり、昭和四八年四月、研究所講師として被告に雇用された。

2(一) 原告らは、被告に雇用される際、私立学校共済組合(以下「共済組合」という。)に加入する資格を有しており、これに加入すれば、短期給付(いわゆる健康保険)及び長期給付(いわゆる年金)を受けることができた。

(二) 被告は、雇用契約上、原告らを共済組合に加入させるべき義務を負っているところ、原告らを雇用する際、右共済組合、健康保険、年金の各制度について何らの説明をせず、原告らの加入手続も採らなかった。

(三) 被告は、以下のように、原告らの問い合わせに対して誤った回答をして、原告らの加入の機会を失わせた。

(1) 原告らは、昭和四九年ころ、健康保険に加入する他の外国人教授から指摘を受けたため、神津教授を通じて被告に対し、共済組合への加入の可否を尋ねたが、被告は外国人の加入ができないという誤った回答をした。

(2) 原告らは、昭和五一年にも、被告に対し、右加入の可否を尋ねたが、被告の経理担当職員は「健康保険は掛金が高いので加入は得策でない。もしものときは、被告が費用を負担するので心配しなくてよい」と答え、結局、加入できなかった。

(四) 原告ヴィデーウスは、昭和五七年、香里病院において外科手術を受けたが、その際、担当医である生田基医師が、同年七月五日付け学長宛書簡を書いて、同原告が健康保険に加入していないことを指摘した。同原告は、右書簡を神津教授に手渡して大学当局への提出と共済組合への加入について善処を依頼したところ、被告はようやく原告両名を共済組合に加入させる手続を採った。しかし、被告は、右加入について加入時期を遡及させる手続を採らず、原告らの加入資格取得を同年七月一日としたため、以後原告らは、同日以降加入資格を有するものとして取り扱われた。

(五) 原告らは、第三者から年金についても資格があるのではないかとの指摘を受けたため、昭和六〇年一一月、共済組合大阪事務所を訪問して、同事務所から説明を受けた。その結果、原告らが常勤職員として雇用された時点から共済組合へ加入することができたこと、被告は、これらを原告らに説明して共済組合へ加入させるべきであったのにこれを隠していたことが判明した。

3 被告は、我が国の事情に疎い外国人である原告らに対し、共済組合への加入など原告らの受け得る便益について説明してこれを受けさせるべき雇用契約上の義務を負う。しかし、被告は、前記のように、原告らに対し何らの説明をせず、手続を怠ったり、誤った手続を採ったものであり、その結果、原告らは、短期給付である健康保険給付を受ける権利を奪われ、長期給付については、加入手続がされるまでの間加入資格がないものとしての扱いを受けることになった。

右は、雇用契約上の債務不履行又は故意若しくは過失による不法行為に当たる。

4 原告らは、被告の右債務不履行又は不法行為により、昭和四八年四月から昭和五七年六月三〇日までの間に給付を受けることができたはずの医療費等の健康保険給付相当額、右期間加入資格を得られなかったために将来において被る長期給付上の不利益及びそれに伴う精神的苦痛の計一五〇〇万円の損害を受けた。

なお、右損害の内訳は、右保険給付相当額の損害はその期間中において被告が負担すべき掛金と同額であり、将来の長期給付上の不利益は、未確定要素があり算定困難であるが未加入により生じた不利益額と解すべきであり、右合計額と一五〇〇万円の差額を慰謝料として請求する。

よって、原告らは、被告に対し、損害賠償として右各金員とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実中、原告両名が常勤職員であった事実は否認し、その余は認める。

2 同2の事実中、被告が原告らの共済組合加入手続を昭和五七年七月八日まで行わなかったこと、原告らが被告に対し、同月五日、共済組合への加入を申し出たこと、被告は、右申出を受けて、同月八日、加入手続をしたところ、共済組合から同月一日まで遡及して加入できる旨の説明を受けたので、同月一日から原告らを加入させる手続を採ったこと、原告らは、同月一日から共済組合に加入したことは認め、その余は否認する。

3 同3は争う。

4 同4は争う。

右保険給付相当額の損害は、仮に存在するとしても、原告らが現実に支払った医療費について給付を受け得る保険給付額であり、また、原告らが期間の定めのある外国人教員であることを考慮すれば、長期給付の要件である長期(二〇年)の雇用継続の要件を具備する可能性は皆無に近く、原告らの主張する損害額の算定方法は誤りである。

三  抗弁

被告は、原告らを雇用する際、共済組合制度全般について説明して加入の意思を確認したが、原告らは、組合費の本人負担分が高く、得るところが少ないとして加入を断ったものである。

したがって、原告ら主張の被告の説明義務の不履行による債務不履行又は不法行為は成立しない。

1 私立学校教職員共済組合法は、共済組合の組合員となることができる者を、学校法人等に使用され、学校法人等から給与を受ける者とするが、専任でない者、臨時に使用されている者、右のほか常時勤務に服しない者を除外する旨を定めている(同法一四条一項)。

2 共済組合では、学校法人に使用され給付を受ける者には非常勤職員等が多く、その雇用と勤務の態様が多様であり、右の除外規定の適用の有無の判断が困難であるため、学校法人等から加入申請のあった者にのみ組合員資格を与えるという取扱いをしている。

そして、学校法人に使用され給与を受ける者の中で、掛金の本人負担分が相当額となるためその負担を嫌って加入を希望しない者が多いこと等の理由から、学校法人の側でも、右除外規定の適用が問題となる者の加入申請手続については、本人の意思を尊重し、本人が加入を希望する場合にのみ加入申請手続をする取扱いがされている。

3 原告マツールの勤務内容は、インド文化に関する研究と研究所ジャーナルの編集であり、研究所への出退勤を全く自由にさせていたのであるから、同原告は、常時勤務に服しない者である。

原告ヴィデーウスの勤務内容も、スカンジナビアと日本の研究が主であって週一ないし二時限のスウェーデン語の授業を担当しており、出退勤の状況も原告マツールと同様であったので、同原告も常時勤務に服しない者である。

しかし、被告は、原告らが共済組合への加入を希望すれば加入手続を採る方針であり、被告の担当職員木村良春は、原告らを雇用する際に、共済組合について説明したが、原告らは、本人負担金と給付の得失を計算して加入を希望しない旨を表明した。また、被告国際交流課山本甫係長と同課職員有馬慎二は、昭和五一年四月、ブランチ・ワトラスに対して加入手続を説明した際、原告マツールにも加入の意思の有無を再確認したが、同原告は、掛金が高い割に得られる利益が少ないので加入したくないと明言した。そこで、被告は、このような原告らの意思を尊重して、前記の時期まで加入手続を採らなかったものである。

五(ママ) 抗弁に対する認否

抗弁事実は否認ないし争う。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告は、昭和五一年六月一六日、原告マツールに対し、アッゲイエ著によるヒンズー語の小説「河に浮かぶ島」(以下「本件小説」という。)の出版を委託し、その出版費用として五五万〇二五〇円を支払った。

2 同原告は、右出版を行わず、現在はその出版が不能な状態である。

3 被告は、同原告に対し、昭和六一年五月二五日到達した書面により右委託を解除し、右金員の返還を求めたが(民法六四六条)、同原告はこれに応じない。

よって、被告は、同原告に対し、右金員の返還とこれに対する右請求の日の翌日である昭和六一年五月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実中、同原告が、被告主張のころ、被告から本件小説の出版費用として五五万〇二五〇円の支払を受けたこと、本件小説が出版されていないこと、被告が、同原告に対し、その主張の日に到達した書面により右金員の返還を求めたが、同原告がこれに応じないことは認める。

三  抗弁

1 同原告は、右出版費用五五万〇二五〇円をインド国内の出版社に支払い、右費用は、被告の承諾を得て、被告の名でインドで出版した内田紀彦著「サウラシュトランス地方の口承文学」(昭和五四年出版。以下「口承文学」という。)の出版費用に充てられた。

2 したがって、同原告は、委託の趣旨に従って右金員を使用しており、返還義務はない。

被告が右支払後一〇年後に突然本件出版費用の返還を求めたのは、同原告を不当解雇するための嫌がらせである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は不知、同2は争う。

(丙事件)

一  請求原因

1 被告は、昭和四八年四月、原告マツールとの間で、同原告を被告の教授とする約定で雇用契約(以下、「本件雇用契約」という。)を締結した。

2(一) 被告は、昭和六二年三月三一日をもって、雇用期間満了又は懲戒解雇により、本件雇用契約が終了した旨を主張し、同日以降の賃金を支払わない。

(二) しかし、本件雇用契約に期間の定めはなく、右懲戒解雇も無効であるので、被告は、同原告を右契約に基づき研究所教授として処遇し、賃金を支払うべき義務を負う。

3(一) 同原告の昭和六二年三月三一日当時の賃金は、月六四万四六六〇円(支払日毎日二五日)であった。

(二) 被告は毎年四月、労働組合との協議などの方法で教職員の賃金改定を行っていたが、昭和六二年四月以降の改定率は、同年四月一日以降三・八七パーセント、昭和六三年四月一日以降四・三四パーセント、平成元年四月一以降四・〇九パーセント、同二年四月一日以降四・八一パーセント、同三年四月一日以降五・〇九パーセント、同四年四月一日以降四・七〇パーセントである。

本件雇用契約においても、同原告の賃金は右改定率に応じて増額される約定であった。

(三) したがって、同原告が被告に対し本件雇用契約に基づき請求できる賃金額は、請求の趣旨(二)の金額となる。

4 被告の代表者、理事、職員は、同原告に対し、故意又は過失により次のような不法行為を行った。

(一) 本件雇用契約が期間の定めのない契約であるのに、期限付契約であるとして、右契約が期間満了により終了したことを理由に、原告の雇用契約上の地位を争った。

(二) 同原告には次の事実に反する非違行為があるとして不当に解雇して、同原告の名誉を侵害し、その雇用契約上の地位を不当に争った。

(1) 同原告が口承文字の出版費用として被告から交付された金員を横領した。

(2) 同原告が、被告に隠して家族にシマント・パブリケーションズ・インディア出版社兼書店(以下「シマント社」という。)を営業させ、被告が同社を通じて購入する図書の値引分を横領した。

(3) 同原告が、被告から受領した図書代金中、グリーンエーカーブックス社(以下「グリーンエーカー社」という。)に支払うべき分を横領した。

(4) 同原告が、被告から、被告の費用で出版した図書の在庫の引渡しを求められたのに、在庫の数、行方も明らかにしない。

(三) 被告は、その主張する(一)、(二)の雇用契約終了事由発生後、同原告の研究所への立入りを事実上拒否した。

(四) 被告総務部長、監事は、必要もなく嫌がらせのために、(二)の事由を調査し、同原告の名誉を傷つけ、研究活動を妨害した。

(五) 被告は、同原告を不当に解雇するため、研究所のインド部門の閉鎖、研究所の所要経費と同原告による立替費用の支払拒否をして、同原告の研究活動を妨害し、同原告の名誉を傷つけた。

(六) 同原告が、昭和六〇年、被告の(五)の行為を文部省に上申し、事情聴取に応じたところ、被告は、文部省に対し、同原告に非違行為があるなど虚偽の申告をして、同原告の名誉を侵害し、同原告の主張を封じた。

(七) 被告理事長は、昭和六一年一〇月九日の被告教授会において事実無根である(二)の事実を述べたほか、原告の日本、インドにおける知人に公に伝えた。

(八) 仮処分及び本訴において、故意に虚偽の契約書を提出するなどして、虚偽の雇用契約の終了を裁判上認めさせようとした。

5(一) 同原告は、被告の4の不法行為により、その名誉を侵害され、研究活動が事実上不可能になるという損害を受けたのであるから、その慰謝料として六〇〇万円が相当である。

(二) 同原告が被告の不法行為により本件訴訟提起を余儀無くされたのであるから、その弁護士費用三〇〇万円も右不法行為と相当因果関係のある損害である。

6 よって、同原告は、被告に対し、本件雇用契約に基づき、原告を研究所の教授として扱うこと、右未払賃金と支払期である毎月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払、右損害賠償と不法行為の時の後である昭和六二年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

二  同原告の訴えの変更に対する被告の異議

同原告は、「同原告が被告に対し期限の定めのない雇用契約上の地位にあることを確認する」との訴えを提起したが、第三七回口頭弁論期日において、右訴えを請求の趣旨記載の訴えに変更した。しかし、右訴えの変更は、時機に遅れ訴訟の完結を遅らせるものである上、請求の基礎を変更するものでもあるので許されるべきではない。

三  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実中、被告が昭和四八年四月の時点で同原告を研究所教授として採用したことは認める。被告は、昭和四七年一〇月一日、同原告を関西外国語学園客員講師及び研究所助手として雇用し、昭和四八年四月一日付けで研究所客員教授に任命したものである。

2 同2の事実中、(一)は認め、(二)は争う。

同原告の請求は、就労請求権を含む給付請求であると解されるところ、就労請求権は原則として否定されるべきであり、本件においてこれを認めるべき例外的な事由も認められない。

3 同3の事実中、同原告の賃金が毎月二五日支払の約定であることは認め、その余は争う。同原告と被告間の賃金額は、毎年両者間の個別契約で決定しており、昭和六一年度の賃金額については、昭和六〇年度の賃金額から増額しない旨を約定した。また、同原告は、右労働組合に加入していないのであるから、右組合と被告間の協定は同原告に効力を及ぼさない。

4 同4、5の事実中、被告が、右雇用契約が期間満了又は4(二)の懲戒解雇事由による解雇により昭和六二年三月三一日限り終了した旨主張したこと、被告が(証拠略)の期間の記載を訂正し複写して(証拠略)を作成したことは認め、その余は争う。

被告が懲戒解雇事由として主張した右事実は真実であり、少なくとも、被告が右事実が真実であると信ずることには相当の理由があったのであるから、同原告の主張する被告の各行為は、故意、過失及び違法性を欠き、不法行為に当たらないことが明らかである。また、被告の主張する弁護士費用が過大であることも明らかである。

四  抗弁

1 期間の満了による本件雇用契約の終了

(一) 本件雇用契約は、契約当初より、一年間の存続期間の約定があり、被告と同原告は、雇用開始から昭和六一年までの間毎年三月までに更新を繰り返していた。

(二) 被告は、同原告に対し、昭和六一年一二月二五日及び同六二年二月二七日付け通知書により、右契約を同年三月三一日限り終了させ同日以降右契約を更新しない旨通知した。

(三) したがって、右契約は、昭和六二年三月三一日限り終了した。

2 解雇

(一) 被告は、同原告に対し、昭和六一年一二月二五日及び同六二年二月二七日付け通知書により、同原告を同年三月三一日限り解雇する旨意思表示をした。

(二) 同原告には、以下の就業規則所定の解雇事由がある。

(1) 出版費の費消領得

被告は、昭和五一年六月一六日、同原告に対し、本件小説の出版を委託し、その費用として金五五万〇二五〇円を支払ったが、同原告は、右出版をせず、現在その出版が不能な状態である。被告は、同原告に対し、昭和六一年五月二五日到達した書面をもって右委託を解除し右金員の返還を求めたが、同原告はこれに応じない。

したがって、同原告は、被告の交付した右金員を費消又は流用し、故意又は過失により被告に損害を与えたものであるので、同原告の右行為は、就業規則七五条九、一〇号所定の懲戒解雇事由に当たる。

(2) シマント社の設立と書籍代金値引分の領得

同原告は、昭和四七年五月、被告に対し、外国人がインドで図書を購入すると過大な代金を支払わざるを得なくなるので、同原告を通じて購入した方が格安に購入できる、購入代金は図書到着後後払とし、支払方法については同原告が責任を持つので同原告に直接現金を支払って欲しいと申し向けた。被告は、これを信じて、同原告に対し、昭和四九年には年一〇〇万円、昭和五〇年以降は年二〇〇万円の費用の限度でインド研究のためのインドにおける図書購入などの資料収集を任せ、昭和四七年度から昭和五九年度まで計一五一〇万五四七四円(一万二二八三冊)の書籍を同原告の申出に応じて購入し、同原告に対し右代金を交付した。しかし、同原告は、同原告の父親を代表者として、法人格も事務所もないシマント社をインドに設立し、被告に対し、同社がインドにおける著明な書店兼出版社である旨の虚偽の事実を申し向けて、被告にその旨誤信させ、被告のインドにおける図書購入、出版の一切を同社に取り扱わせる形式をとり、前記の書籍もすべて同社から購入することとした。

ところが、同原告は、同社が書籍を購入する際には、取引先の書店から一〇ないし二五パーセントの値引きをさせたのに、同社から被告に対して売却させる際には、定価で売却させ、値引分をシマント社に取得させ、これを自己又はその家族に利得させた。

原告の右行為は、業務に関して私利を計り、故意又は過失により被告に損害を与え、被告の信用を害するものであるので、就業規則七五条七号、一〇号所定の懲戒解雇事由に当たる。

(3) 書籍代金未払い

同原告は、昭和五〇年一月から五月までの間、被告がシマント社を介してグリーンエーカー社から購入した図書代金一六二・二五ルピー(三二万円余)を被告から交付されたにもかかわらず、グリーンエーカー社に対して支払わず、これを領得した。

また、同原告は、昭和五〇年、右書店から図書を購入した際、研究所の書籍一六冊を五一六ルピーで売却して右購入代金に充当した。

同原告の右行為は、被告の物品を他に融通し、私用に供したものであるとともに、被告の名誉を傷つけ、その信用を著しく失墜させ、多額の損害を与えるものであるので、就業規則四条、七条に違反し、七四条九号、七五条一〇号所定の懲戒解雇事由に当たる。

(4) 被告出版図書引渡し拒否

被告は、同原告に対し、インドにおいて被告の費用により書籍を出版することを委託し、昭和四九年から昭和五八年までの間に、計一〇冊八七〇〇部(売買価格六〇〇万円以上)を出版したが、同原告の報告によれば、右出版物についてインドに四八〇〇部(同約六〇〇万円)以上の在庫があり、有効な利用がされていない状態にある。そこで、被告は、同原告に対し、右在庫書籍の引渡しを求めたが、同原告は、これに応じない。

同原告の右行為は、被告に損害を与えるものであり、就業規則七五条一〇号所定の懲戒解雇事由に当たる。

(5) 服務規律違反

被告の理事及び監事は、昭和六一年一月から七月までの間、前記の点について調査するため、同原告を呼び出して説明を求めた。しかし、同原告は、合理的な説明や回答をしなかった上、説明や出頭自体を拒否するなど、学園の円滑な業務遂行に協力せず、服務上、職務上の義務に違反する不誠実な態度を採り続けた。

同原告の右行為は、就業規則三条一項に違反し、七四条一号に該当してその情状が特に重いものであるので、七五条一二号所定の懲戒解雇事由に当たる。

(6) その他の懲戒解雇事由

同原告は、被告との間で、インドにおける被告出版図書の売上代金の取得について、被告研究所七五パーセント、シマント社二五パーセントと合意していたのに、被告に無断で、被告研究所の取得分を二五パーセント減額して五〇パーセントとすることに同意して、右二五パーセント相当分をシマント社名下に領得した。

また、同原告は、被告に無断で、被告の取得すべき右七五パーセント中から、著者に対する印税五六五四・七五ルピー(一四万一三六九円)及びアッゲイヤ博士との間の被告の出版書籍物に関する紛争処理のための費用四六一六・二五ルピー(一一万五四〇六円)を支出した。

同原告は、右出版書籍の売上額を正確に報告せず、売上金の一部を領得した。

同原告の右行為は、故意又は過失により被告に損害を与えるものであるので、就業規則七五条一〇号所定の懲戒解雇事由に当たる。

(7) 研究所の廃止

被告は、同原告に対し、その求めに応じて、出版印刷費六〇五万六四五二円、書籍購入費一五一〇万五四七四円以上、出張経費七八六万一三三四円(計二二九六万六八〇八円以上)を交付したが、同原告は、前記のような杜撰不当な会計処理をしており、被告の監事から同原告に今後も会計処理を継続させることが不適切であるとの意見が提出された。また、研究所長神津教授からは、研究所の活動において従来インド部門を偏重し過ぎたきらいがあり、同部門の活動は一応の成果を収め、今後飛躍的向上が期待できないと考えるなどの理由から、同部門の研究活動を昭和六一年度末をもって一旦停止し、今後のあり方を再検討するのが適当であるとの意見が提出された。

そこで、被告は、昭和六二年度以降研究所におけるインド部門の研究を一旦停止することを決定した。

右事実によれば、被告の事業縮小により、同原告が剰員となったものというべきであるので、就業規則二五条一項四号所定の解雇事由に当たる。

3 時効

被告は、次の消滅時効を援用する。

(一) 同原告の賃金請求権は、毎月二五日の各支払期より二年間の経過により時効消滅をするところ(労働基準法一一五条)、同原告が、前記訴えの変更によりこれを請求したのは平成五年二月一日であるので、右賃金債権中同日より二年以前である平成三年二月一日以前に発生したものは時効消滅した。

(二) 同原告主張の不法行為は、本件訴訟提起時(昭和六一年九月一六日)前の行為であり、同原告がそれまで右事実を知ったことが明らかであるので、右不法行為債権は、本件訴訟提起日から三年の経過により時効消滅した(民法七二四条)。

(三) 同原告は、本件訴訟提起までに弁護士報酬契約を締結し、弁護士費用の発生を認識したのであるから、本件訴訟提起時から三年の経過により弁護士費用相当額の不法行為による賠償請求権は時効消滅した(民法七二四条)。

四(ママ) 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実中、(一)は認め、その余は争う。本件雇用契約は、期間の定めのない契約である。

2(一) 同2(一)の事実は認める。

(二)(1) 同2(二)(1)の事実中、同原告が、被告から、被告主張の金員を、その主張の時期目的で交付されたこと、本件小説が出版されていないこと、被告がその主張のころ書面をもって右金員の返還を求めたが、同原告がこれに応じないことは認める。同原告は、右金員をインド国内の出版社に支払い、右費用は、被告の出版物である「口承文学」の出版費用に充てられた。

(2) 同2(二)(2)の事実は争う。同原告は、シマント社を介して取引すること、同社が値引分を取得することなどについて、神津教授を介して被告の承諾を得ていた。

(3) 同2(二)(3)ないし(7)は争う。

同原告は、右(6)の行為について神津教授を介して被告に報告し、被告の了解を得ていた。

3 同3は争う。

被告は、本件訴訟において同原告の信用を害する主張を維持し不法行為が継続しているので、消滅時効は進行しない。

五  再抗弁

1 同原告は、昭和六二年、被告に対し、同年四月以降毎月二五日限り六四万四六〇〇円の賃金支払を求める仮処分を当庁に申請し、同年一一月六日、被告に毎月六〇万円の仮払を命ずる決定を得た。

2 したがって、右賃金債権の消滅時効は中断された。

六  再抗弁事実に対する認否

再抗弁事実中、1は認め、2は争う。

第三証拠

記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

第一丙事件

本件で併合審理した甲、乙、丙の各事件中、まず、本件紛争の全般に関連する丙事件から判断する。

一  訴えの変更の適否

1  同原告は、「原告マツールが被告に対し期限の定めのない雇用契約上の地位にあることを確認する」との訴えを、第三七回口頭弁論期日において、請求の趣旨記載の訴えに変更したものであるところ、被告は、右訴えの変更が時機に遅れ、訴訟の完結を遅らせるものである上、請求の基礎を変更するものであり、許されない旨主張する。

2  しかし、原告の右訴え変更後の新請求は、本件雇用契約の終了の有無、解雇の適否、解雇とそれに至る一連の被告の行為が不法行為を構成するか否か、などを主要な争点とし、旧請求と同一の紛争に関するもので、旧請求と争点及び訴訟資料を共通にする部分が多く、その当否について判断するため新たな証拠調べを必要とするものではないのであるから、請求の基礎に変更があるとはいえないし、著しく訴訟手続を遅滞させるものではなく、また、訴訟の完結を遅延させるものでもない。

したがって、同原告の右訴えの変更は適法であるので、訴え変更後の新請求について判断する。

二  雇用契約の期間満了による終了の有無

1  被告が、昭和四八年四月、同原告を研究所教授として雇用したこと、右雇用関係が少なくとも昭和六二年三月三一日まで継続したこと、被告が、同原告に対し、昭和六一年一二月二五日及び同六二年二月二七日付け通知書により、右雇用契約を同年三月三一日限り終了させ同日以降更新しない旨通知したことは当事者間に争いがない。

2  そして、被告は、本件雇用契約には一年間の期間の約定があり、右契約は雇用開始から昭和六一年まで毎年三月まで更新を繰り返していたのであるから、1の通知によって、本件雇用契約が昭和六二年三月三一日限り期間満了により終了した旨主張するので、期間の約定の有無について判断する。

(一) 原本の存在と成立に争いのない(証拠略)(弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる(証拠略)と同じ。同原告と被告間の昭和四七年五月二六日付け契約書)中には、雇用期間を昭和四七年一〇月一日から昭和四八年六月三〇日までとする旨の記載があり、(証拠略)(昭和四九年四月一日付け契約書)には、被告が同原告との間で、同原告の雇用期間を同日から昭和五〇年三月三一日の一年間とする旨の記載があり、(人証略)、及び被告代表者本人尋問の結果中には、被告の右主張に沿う供述部分がある。

(二) しかし、被告は、(証拠略)が、(証拠略)の期間の記載を訂正し複写して作成されたことを自認しており、その作成について同原告が承諾していたことを認めるに足りる証拠がないから、(証拠略)の同原告作成名義部分が真正に成立したものとは認められない。よって、(証拠略)をもって本件雇用契約に被告の主張する期限の定めがあったものであることを認定することはできない。

(三) また、少なくとも昭和六二年三月三一日までの間同原告と被告間の雇用関係が継続したことは、当事者間に争いがないこと、同原告と被告間では(証拠略)作成後雇用に関する契約書が作成されたことを認めるに足りる証拠がないこと、被告代表者は、(証拠略)記載の契約期間満了後同原告と契約条件を交渉したが、同原告が期間の定めのない終身の雇用契約とすることを強く希望した旨供述すること、(人証略)は、同原告との交渉の結果、結局、同原告について日本人教員に適用する俸給表を適用することを合意した旨証言すること及び同原告本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、(一)の各供述は採用することができず、(証拠略)記載も被告主張の契約期間の約定の締結を認めるには足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

(四) かえって、(三)掲記の各証拠及び事実を総合すれば、(証拠略)記載の契約期間中である昭和四八年四月ころもたれた同原告と被告との交渉において、同原告は、被告の提案した雇用契約書の案には一年の契約期間の定めがあったため、契約書の作成を拒否し、同原告と被告は、結局、契約期間について合意を得ないまま契約書を作成せずに雇用関係を継続したことが認められ、右認定の事実によると、同原告と被告は、結局のところ、契約期間を約定せずに雇用契約を締結したものというべきである。

(五) 以上によれば、被告の右抗弁はその余の点を判断するまでもなく採用することができない。

三  解雇事由の存否

被告が、同原告に対し、昭和六一年一二月二五日及び同六二年二月二七日付け通知書により、同原告を解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そこで、被告主張の就業規則所定の懲戒解雇事由の有無を判断する。

1  出版代金の費消領得

(一) 同原告が、被告主張のころ、被告から本件小説の出版費用として金五五万〇二五〇円の支払を受けたこと、右小説が出版されていないこと、被告が、同原告に対し、昭和六一年五月二五日到達の書面をもって右金員の返還を求めたが、同原告が応じないことは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない(証拠略)、被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、右金員を交付した際右小説の出版を委託し、右金員の返還を求めた際右委託を解除したこと、現在右小説の出版が不可能な状態にあることが認められ、ほかに右認定に反する事実はない。

(二) 同原告は、右五五万〇二五〇円をインド国内の出版社に支払っており、右費用は、被告の承諾を得て「口承文学」の出版費用に充てられた旨を主張し、同原告本人尋問の結果(第一回)中には、右主張に沿う供述部分があり、また、同原告の供述を記載した原本の存在と成立に争いのない(証拠略)には、右主張に沿う供述部分があり、弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる(証拠略)(原本の存在と成立に争いのない(証拠略)と同じ。シマント社作成の勘定明細書)には、インドにおける出版物の売上代金で印刷費用が賄われた図書として、「アパブフラムサ統語論」と「ヒンズー語図書目録」のみが記載されていることが認められる。

(三) しかし、同原告は、右インド国内の出版社への支払を直接証する書証を提出していないこと、同原告は、右金員が本件小説の出版費用として支払を受けたものであるが、本件小説が現在まで出版されていないことを認めていること、同原告が右支払を受けてから現在までインド国内の出版社にその出版を督促した形跡も認められないこと、(証拠略)によれば、同原告は、昭和五一年一二月ころ、被告に対し、右金員を同原告自身の著書である「日本語表現の機能的研究」の出版費用に充てる予定である旨説明していたこと(右著書は現在も出版されていない)、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)によれば、同原告作成の被告研究所長神津教授宛のインド出張概要報告書(出張期間昭和五三年一〇月三日から同五四年二月八日まで)には、右「口承文学」の出版費用が、インドで出版された被告の書籍の売上代金で賄われた旨が記載されていること、右報告には、右「口承文学」が、同原告の右出張によるインド滞在中に出版された旨記載されているところ、同原告が、自分が同地に出張中に同地で出版された書籍について、その出版費用の原資を誤解したり、誤った報告をしたとは考え難いこと(なお、右報告では、「アパブフラムサ統語論」の出版年月日が同原告のインド出張中である昭和五三ないし五四年である旨記載されているが、被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる〈証拠略〉によれば、右記載に誤りは認められない。)、(証拠略)は、その作成者であるシマント社が後記認定のように同原告と極めて密接な関係にある上、その作成時期が、後記認定のように、被告が同原告に対する疑惑を深めインドにおける図書購入を中止して調査を開始した昭和五九年七月より後であり、しかも、その記載内容も簡単な報告にすぎず、その作成の基礎となった帳簿などの客観的な資料も証拠として提出されていないこと、以上の諸点に照らすと、(二)の同原告の供述及び(証拠略)は採用することができず、(証拠略)(〈証拠略〉)も同原告の右主張事実を認めるには足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

かえって、右判示の点を総合すれば、同原告は、右金員を委託の趣旨に反して費消したことが推認される。

(四) したがって、同原告の右行為は、被告の金員を費消し、故意又は過失により被告に損害を与える行為であるので、就業規則七五条九、一〇号所定の解雇事由に当たるものというべきである。

2  その他の解雇事由

(一) (証拠略)(ただし、いずれも後記認定に反する部分を除く。)、(人証略)(第一回)、被告代表者本人尋問及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(〈証拠略〉については原本の存在及び成立も)(証拠・人証略)(ただし後記認定に反する部分を除く。)、被告代表者各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 同原告は、昭和四七年五月、被告に対し、外国人がインドで図書を購入すると高額の代金額を請求されるので、同原告を通じて購入した方が格安に購入できる、その購入代金は、図書到着後後払とし、同原告に直接現金を支払って欲しいと申し向けた。被告は、これを信じ、同原告に対し、昭和四九年には年一〇〇万円、昭和五〇年以降は年二〇〇万円の限度で、インドにおける研究用の図書選定と購入などの資料収集を任せ、昭和四七年度から昭和五九年度までの間に、合計約一五二〇万円余り(約一万二〇〇〇冊)の書籍を原告の申出に応じて購入した。

また、同原告は、被告に対し、被告がインドにおいて学術図書を出版すること、その最初の一冊の出版費用は被告の負担によるが、その後の出版費用は、従前の出版物の売上げで賄うことを提案し、被告もこれを了承してその処理を同原告に委託した。

(2) 同原告は、インドにおいて、自分の父親を代表者とするシマント社を設立し、被告のインドにおける右出版事業を同社名義で行わせるとともに、被告がインドにおいて購入する図書を同社を含むインドの書店三社から購入する形式を採った。

しかし、シマント社は、法人格を有さず、書店や出版業など事業を経営する際必要な通商許可証も受けていない上、出版社書店の協会にも加盟せず、電話帳にも記載されず、事務所も設置していない状態であって、書店や出版社として事業活動をする態勢も能力も有さないものであった。そして、被告のためのインドにおける購入図書の選定購入手続及び出版事業は、同原告がインドへ長期出張し、自分で処理していた(同原告は、昭和四七年から昭和五九年までの間に、インドへ九回出張し、その出張期間は一回が概ね二ないし四か月、合計約六八〇日であった。)。そして、同原告は、シマント社の取扱いとする購入図書については、自分で書店に注文し、右書店から直接被告に送付させた上、右書店にシマント社名義の送り状を被告に送付させるという方法を採ることもあった。

しかし、同原告は、被告に対し、右書籍購入の際、シマント社のこのような実情を説明せず、昭和五四年の被告宛出張報告でも、同社がインドの他の有力出版社と同様の名の知られた書籍販売出版業者であるかのような説明をするなど、同社がインドにおける著明な書籍出版販売業者であるかのような言動をした。また、シマント社も、出版と販売等を業とする書店であることを表示した請求書、出版案内を被告に送付した。このため、被告は、同社がインドにおける著名な書籍販売出版業者であると認識していた。

(3) 同原告は、右書籍購入の際、インドの書店に働きかけて、一〇ないし二五パーセントの値引きをさせた上、シマント社を介して被告が購入する分については、書店からシマント社に右値引きをした価格で売却させ、同社から被告に対しては右値引額を加算して定価で売却させ値引分をシマント社に取得させた。また、同原告は、他の書店から被告が直接購入する分についても、右書店に指示して作成させた右値引額を加算した額の請求書を被告に示し、被告からその額の支払を受け、値引分をシマント社に帰属させる処理をしていた。

同原告は、被告に対し、このような値引きとその処理について説明していなかった。

(4) 同原告は、昭和五〇年一月から五月までの間、インドのグリーンエーカー社から、シマント社を介する形で、被告のために図書を買受け、右図書は被告に送付された。しかし、同社と同原告との間で、図書の割引率などについて紛争が発生し、同原告は、被告から交付を受けた右図書の購入代金の一部を同社に支払わなかった(なお、同原告は、右代金額を被告に返還していない。)。

(5) グリーンエーカー社は、昭和五七年一月、被告研究所所長に対し、(4)の図書が被告に届いたか否かを照会する手紙を送付したが、右手紙において、同社が、同原告の注文により、被告に対し、多数の図書を高い割引率で掛け売りしたこと、同原告の要望に従い右図書とシマント社名義の送り状を直接被告に送付したこと、その代金が未払であることを述べた。

被告代表者は、右の手紙を読んで、同原告に対して、疑惑を抱き始めたものの、なお同原告に対する信頼を失うには至らず、同原告に対し、その解決を委ねた。

(6) 被告代表者は、昭和五八年一〇月、右図書購入費の一部に使用した私学振興財団の補助金に関する調査の際、右図書購入の領収書が書店のものではなく、同原告自身の名義となっている不備を指摘されたため、同原告に対し、右領収書の提出を指示したところ、その提出がなかった上、その後、四回にわたり同原告に対して支払った図書購入代金についての書店領収書の提出が遅れたことなどから、同原告が右値引分を領得しているなどの疑惑を深め、昭和五九年七月、インドからの図書購入を停止して、本格的に調査を開始した。そして、被告は、昭和六一年五月、グリーンエーカー社から、シマント社がペーパーカンパニーである旨の手紙を受け取った。

しかし、インドにおける事情の把握は容易ではなく、被告は、平成元年四月から五月ころ、野村晃ら職員を派遣するなどして調査した結果、(2)及び(3)の事実について確証を得た。

(7) グリーンエーカー社は、昭和六一年五月、被告に対し、被告が同社から直接購入した場合であっても一〇ないし二五パーセントの値引きに応ずる旨を申し出ており、被告が直接インドにおける書店から図書を購入した場合に値引きを受けられなかったことは認められない。

(8) 被告は、同原告に対し、(1)の図書出版も委託し、昭和四九年から昭和五八年までの間にインドにおいて計一〇冊八七〇〇部(売買価格六〇〇万円以上)の図書を出版した。

同原告は、(6)の調査の際、被告に対し、インドにおいて四八〇〇部以上(同約六〇〇万円)の在庫がある旨のシマント社作成の報告書を示した。そこで、被告は、昭和六〇年、同原告に対して、その引渡しを求めたところ、同原告は、当初、昭和六〇年の七、八月ころまでに送付するように用意すると述べ、昭和六一年五月には、右在庫出版物を日本に送付することはインドの法律上の問題があってできない旨を述べ、その後、被告が送料を負担して少しづつ送付することを提案するなどしたが、被告が送料の負担を拒否し、結局、現在まで右送付はされていない。なお、シマント社は、図書を輸出する免許も有していなかった。

(9) 同原告は、グリーンエーカー社からシマント社を介して被告が購入した図書代金全額の支払を受けていたが、昭和五〇年一〇月、被告に無断で被告がインドで出版した図書一六冊を、シマント社の名義でグリーンエーカー社に対し、五一六ルピーで売却し、右代金債権と同社の同額の図書代金債権を相殺し、同社も同額の売買代金の消滅を認めた。

しかし、同原告は、被告に対し、右相殺分に相当する右代金を返還せず、これを自己又はシマント社に領得させた。

(二) 以上の事実を認めることができるところ、同原告は、同原告がインドにおける図書購入方法等に関する(一)(2)(3)の事情については、神津教授を介して被告に説明して了解を得ていた旨主張するので検討する。

(1) 同原告本人尋問の結果(第一回)中には右主張事実に沿う供述部分があり、同原告の供述を記載した(証拠略)、同原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる(証拠略)中にも、これに沿う記載がある。

しかし、同原告の右供述及び(証拠略)の記載は、同原告が、昭和五四年の神津教授宛出張報告において、シマント社がインドの他の有力出版社と同様の名の知られた書籍販売出版業者であるかのような説明をしたこと(〈証拠略〉)、同原告が昭和四九年、インドにおける活動を説明するため神津教授に提出したメモ(弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したことが認められる〈証拠略〉)でも、同社について、本店をカルカッタ、支店をニューデリーに置き、その機能が出版配布書籍商である旨の記載があるが、前記のような同原告及びその家族との関係、組織、営業態勢、値引きの存在や処理について言及していないこと、同原告作成の昭和五〇年一月二八日付け出張報告(原本の存在と成立に争いのない〈証拠略〉)でも、同社の店主であるプラサド氏と研究所の出版について長時間実りのある話をした旨の記載はあるが、同社と同原告及びその家族の関係などの点について言及していないこと、同原告作成の昭和五一年九月二一日付け出張報告(原本の存在と成立に争いのない〈証拠略〉)でも、これに言及していないこと及び(人証略)は、原告の右供述等を否定する証言をしていること等前掲各証拠に照らすと採用できない。

(2) 次に、〈1〉被告は、昭和五七年一月グリーンエーカー社からの照会後も昭和五九年度まで相当数の図書を従来どおり同原告に委託して購入したことは前記認定のとおりであること、〈2〉原本の存在と成立に争いのない(証拠略)によれば、研究所長神津教授は、昭和五二年一月ころ、クラスレスタから、シマント社は同原告が被告の金を使って始めた家族の仕事であり、同原告の父がその代表者、従兄弟がその経営をしている旨記載した手紙を受け取ったことが認められること、〈3〉同原告は、昭和六一年五月、被告の事情聴取に対し、シマント社の事務経費を、当初被告がインドで出版する図書の売り上げで賄うことを考えたが、その後、被告が購入する図書の一〇ないし一五パーセントのコミッションで賄った旨供述し、同原告作成の被告代表者宛昭和五七年一〇月一九日付けメモ(原本の存在と成立に争いのない〈証拠略〉)には、右値引分を同社の経費に充てた旨、同年一一月二日付け覚書(原本の存在と成立に争いのない〈証拠略〉)には、同社の運営資金は、研究所によって賄っていかなければならない旨、昭和五九年二月二二日付けメモ(弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したことが認められる〈証拠略〉)には、同社がマヒープ・スィング博士の援助で昭和四九年に異例な状況下で設立された旨の各記載があることが認められ、これらの事実からすると同原告の右主張事実の存在をうかがわせないでもない。

しかし、〈1〉の事実は、被告が昭和五九年七月にはインドにおける図書購入を停止して本格的な調査を開始したこと、被告は、インドにおける事情を把握することが困難であり、昭和五七年の調査の開始当初は同原告を信頼していたが、その後昭和六一年五月、シマント社がペーパーカンパニーである旨のグリーンエーカー社の手紙を受け取り、結局、平成元年に職員をインドへ派遣して確証を得たという前記認定の経緯に照らすと、これをもって前記の認定を覆し、同原告の主張事実を認めるには足りない。

次に、〈2〉の神津教授宛のクラスレスタの手紙は、手紙全体が感情的な調子であり、同原告のインドにおける多岐にわたる活動を非難していること、右手紙は、同社の営業体制、活動の実態、値引きの存在等については具体的な事実に言及していないこと、同人は、被告に在職中から、同原告との関係が良好でなかったこと、当時神津教授及び被告は、同原告を信頼しており、両者の間の関係が良好であったこと(〈人証略〉)、同教授は、クラスレスタが、昭和五二年四月、ジャパンタイムズ紙に、被告の責任者が著者に金も渡さず本を出版販売していたなど、同原告を非難する内容の投書をしたことに関し、同年五月、同紙の編集者宛に、同原告を擁護する内容の手紙(〈証拠略〉)を送ったこと、その後、同原告がクラスレスタの右手紙と反する内容の前記の出張報告(〈証拠略〉)をしたことについて、被告側がその真偽を問題にした形跡がないこと、などの点に照らすと、当時、被告側がクラスレスタより同原告の方を信頼しており、同教授は、クラスレスタの右手紙を単なる悪意の中傷であると考え、信用しなかったという被告の主張も、あながち不合理であるとはいえず、前記の各証拠も考え併せると、これをもって同原告の右主張事実を認めるに至らない。

さらに、〈3〉掲記の被告の事情聴取に対する同原告の供述及び同原告作成の各文書の記載は、いずれも、被告が前記のようなグリーンエーカー社からの書簡を受け取った後に供述ないし作成されたものであり、これをもって、同原告が昭和四七年の図書購入の当初の時期から、被告に対して前記の事情を説明していたものと推認することはできず、前記の各証拠も考え併せれば、これをもって右認定を左右するに足りない。

なお、同原告本人尋問の結果(第一回)及び同原告作成の原本の存在と成立に争いのない(証拠略)中には、昭和四九年から昭和五〇年まで被告に在職したマヒーブシング博士も、シマント社の設立に参加したが、同人が同社を個人的利益のために利用しようとした旨の供述部分及び記載部分がある。

しかし、(証拠略)において、同原告がインドにおける書籍購入出版等の処理を自分が個人的責任において個人的レベルで遂行した旨記載していること、同原告は、その本人尋問(第一回)において、インドにおけるシマント社の業務が、すべて同原告を通じて行われた旨供述していること及び(証拠略)など前掲各証拠に照らすと、右供述部分及び記載部分をもって前記の認定を覆すには足りず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) 前記(一)の認定事実によれば、同原告が、シマント社に被告の購入書籍の値引分を取得させたことは、同社の前記のような実態からすると、実質的には、同原告の親族又は同原告自身にこれを取得させることになるものというべきである。

そして、前記認定のように、被告がシマント社を介することなく、直接インドの書店から図書を購入しても、値引きを受けることが可能であったこと、同原告は、インドにおける図書の選定購入手続と出版事業を、インドに出張した際自分で処理していたこと、インドにおける右図書購入費の相当部分に私学振興財団からの補助金が充てられていたことを考え併せると、被告は、仮に、シマント社のこのような実態と値引分を同社に取得させるような図書の購入方法を採ることを予め知らされたとすれば、右値引分が同社の活動経費に充てるとの説明がされたとしても、このような書籍の購入方法を採ることを承諾しなかったものと認められる。

しかるに、同原告は、被告に対し、このようなシマント社の実態や値引分を同社に取得させることについて説明をしなかったばかりでなく、同社がインドにおける名の知られた書籍販売出版業者であるという事実に反する説明をした上、右値引きについても全く知らせず、被告にこのような方法による図書購入を開始継続させ、値引分を減額しない額の代金を支払わせて、値引分を同社に取得させ、実質的には、同原告の親族又は同原告自身にこれを取得させていたのであるから、同原告のこのような行為は、就業規則所定の懲戒解雇事由である「業務に関し私利を計り」(七五条七号)又は「故意又は過失により被告に損害を与え」る行為(同条一〇号)に当たるものといわざるを得ない。

のみならず、被告大学の教授の地位にある同原告が、被告に対し、事実に反する説明をして、被告の承諾を得ることなく、私学振興財団から交付される補助金や被告自身の金員による図書の購入について、前記のような自己又は自己の親族が利得していると疑われても仕方がない取引方法を採っていたこと自体、就業規則所定の懲戒解雇事由である、故意又は過失により被告の信用を傷つける行為(同条一〇号)に当たるものと解すべきである。

また、(一)(9)判示のとおり、同原告は、グリーンエーカー社からシマント社を介して被告が購入した図書代金全額の支払を受けていたのに、被告に無断で、被告がインドで出版した図書をシマント社の名義でグリーンエーカー社に対し売却して、右代金債権と同社の同額の図書代金債権とを相殺し、同社も同額の売買代金の消滅を認めたにもかかわらず、右代金相当額を返還せず、これを自己又はシマント社に領得させており、同原告の右の行為は、故意又は過失により被告に損害を与えるものとして、就業規則七五条一〇号所定の懲戒解雇事由に当たるものというべきである。

(四) 次に、被告の主張するその余の懲戒解雇事由の存否について判断を加える。

(1) 被告は、同原告が、被告の要求にもかかわらず、被告の所有に係る被告の出版図書の引渡しに応じないことが被告の右所有権を侵害するものであり、同原告の右行為は故意又は過失により被告に損害を与えるものであるので就業規則七五条一〇号所定の懲戒解雇事由に当たる旨主張する。

しかし、同原告と被告は、右出版物をもともとインド国内において販売することを予定していたこと、シマント社は出版物を輸出する許可を有していないこと、被告は、右送付の費用の負担を拒否していることを総合すると、右出版物の引渡しが完了していないことが同原告のみの責任であるとはいえず、これをもって、被告の主張する就業規則所定の解雇事由に当たるものということはできない。

(2) 被告は、同原告が、グリーンエーカー社から購入した書籍代金を受け取ったにもかかわらず、これを同社に支払わずに領得したので、同原告の右行為が、就業規則所定の懲戒解雇事由に当たる旨も主張するようである。

しかし、同原告本人尋問の結果(第一回)、同結果及び弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる(証拠略)によれば、同社と同原告間には、前記のような値引額や残代金額などに関する紛争が存在することが認められ、本件全証拠によっても、同原告が同社に対して支払を拒否することが、法律的に全く理由がないものと断定することはできず、したがって、同原告が被告から交付を受けた代金を同社に支払わずに留保したとしても、これをもって、同原告が右代金を領得したものと認めるには不十分であり、被告主張の右懲戒解雇事由があるものとは認めるに足りない。

(3) 被告は、同原告が、被告との間で、インドにおける被告の出版物の売上代金の取得分について、被告研究所が七五パーセント、シマント社が二五パーセントを取得する旨合意したのに、被告に無断で、昭和五一年から昭和六〇年までの被告研究所の右取得分を五〇パーセントに減額することに同意し、差額である二五パーセントに相当する売上金を同社名下に領得した旨も主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)中には、同原告が、昭和五一年六月、被告に対し、被告がインドにおいて出版するアッゲイエ博士の著作の売上代金中七五パーセントを研究所用として次回の出版に備えるため、シマント社に蓄えておく予定である旨の記載がある。

しかし、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、同原告本人尋問の結果(第一回)、同結果により原本の存在及び真正に成立したものと認められる(証拠略)に照らせば、(証拠略)の右記載によっても、同原告と被告が、出版物の予定費用や売上高の多寡にかかわらず、被告の取得分を常に右売上額の七五パーセントとすることを将来にわたり確定的に合意したものと認めるには足りず、ほかに右合意の成立を認めるに足りる証拠がない。

したがって、右合意がなされたことを前提とする被告の右主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

また、被告は、同原告が、被告に無断で、被告の取得すべき右二五パーセントの出版物売上金から、右出版物の著者に対して印税を支払ったり、アッゲイエ博士との紛争処理のため金員を支払って、被告に損害を与えたので、同原告の右行為が就業規則所定の懲戒解雇事由に当たる旨も主張するようであるが、被告が右売上金の七五パーセントを取得すべき旨の前記の合意の成立が認められないことは、右判示のとおりである。しかも、被告と同原告間に、このような支払をシマント社の取得分から支払うべき旨の合意が成立したこと、本件全証拠によっても、このような支払が、被告にとって、不必要なもので、被告に損害を与えるものであることを認めることはできないのであるから、いずれにしても、同原告に被告主張の右懲戒解雇事由に当たる行為があったとは認められない。

(4) 被告は、同原告が、被告に対し、インドにおける出版物の売上高を正確に報告せず、その一部を領得しており、右行為が就業規則所定の懲戒解雇事由に当たる旨も主張するようであるが、右領得額を具体的に特定して主張立証しておらず、本件全証拠に照らしても、右領得行為を認めるには足りない。

(5) 最後に、被告は、昭和六一年一月から七月までの間、同原告の行っていた会計処理などについて、疑惑を抱き、この点について調査するため、同原告を呼び出して、説明を求めたが、同原告が、合理的な説明や回答をせず、出頭を拒否するなどして調査に協力せず、職務上の義務に違反する態度を採り続けたことが重大な服務義務の違反であり、懲戒解雇事由に当たる旨主張する。

しかし、2(一)掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、右調査のため、昭和六一年三月から同原告に出頭を求め、同原告は、同年五月末までに被告の長時間の事情聴取に二回応じたこと、被告は、さらに事情聴取を続行するため、同年六月から八月ころ、同原告に対し出頭を求めたところ、同原告は、弁護士を通じて応対し、同年六月三〇日付けで事実関係を記載したメモを提出したが、その後の事情聴取に応じなかったこと、同原告の事情聴取における供述及び右メモの記載内容は、本件訴訟における同原告の主張と概ね同じ内容であったこと、同原告は、同年六月四日、被告に対し、出版費用の返還債務不存在確認を求める訴訟を提起し、被告は、同月一八日、同原告に対し、右費用の返還を求める反訴(本件乙事件)を提起したことが認められる。

右事実関係、とりわけ、同原告が同年五月末までに被告の長時間の事情聴取に二回応じた上、その主張内容を記載したメモを提出したこと、同年六月には、同原告と被告間の右会計処理に関する訴訟が提起されており、同年五月末の時点で両者間の対立が訴訟に発展することが十分予想される事態であったことなどの経緯に照らせば、同原告が同年六月以降被告の事情聴取に応じなかったこと及び本訴におけると同一の主張を繰り返したことをもって、被告主張の懲戒解雇事由に当たるような重大な服務違反があったとはいうことはできないから、被告の右主張も採用できない。

3  以上によれば、同原告には、被告主張の懲戒解雇事由の一部は認められないものの、前記1、2(三)のような就業規則所定の懲戒解雇事由が認められるので、被告の本件解雇は有効であるというべきであり、本件雇用契約の存続を前提とする、同原告を研究所教授して扱えとの請求及び本件賃金請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  被告の不法行為の成否

1  同原告は、被告の代表者、理事、職員が、本件解雇の意思表示後、同原告の雇用契約上の地位を争ったり、同原告の研究所への立入りを事実上拒否してその研究を妨害した行為が、不法行為に当たる旨主張するようである。

しかし、同原告の雇用契約上の地位が本件解雇の意思表示により消滅したことは三で説示したとおりであるので、被告が、右意思表示後、同原告の右契約上の地位を争ったり、被告の所有する建物に所在する研究所の使用を拒否したとしても、被告の右行為により同原告の法的に保護すべき利益が侵害されたとはいえず、右行為が違法といえないことは明らかであるので、被告の右行為は不法行為に当たらないものというべきである。

2  また、同原告は、被告が、虚偽の非違事実、すなわち、同原告が本件小説の出版費用を横領した、同原告が被告に隠して家族にシマント社を営業させ被告の購入図書の値引分を横領した、同原告が被告から受領した図書代金中グリーンエーカー社に支払うべき分を横領した、同原告が、被告から、被告の費用で出版した図書の在庫の引渡しを求められたのに、在庫の数行方も定かでない、などの事実が存在するとして、解雇事由を主張し、被告理事長谷本が、昭和六一年一〇月九日、被告大学教授会において、右事実を述べたほか、原告の日本、インドにおける知人に右事実を公に伝え、文部省に対しても、同原告に右非違行為があるという虚偽の申告をしたことが、故意又は過失により同原告の名誉を違法に侵害する不法行為に当たる旨を主張する。

しかし、前記認定説示のとおり、同原告の行為が、就業規則所定の懲戒解雇事由に当たり、本件解雇が有効であること、同原告が被告から委託された右出版費を委託の趣旨に反して費消したこと、同原告が、前記のような実態であるシマント社を設立して、同社に被告の購入図書の値引分を取得させたが、被告に対して、同社の実態や値引分を同社に取得させることについて説明せず、かえって、同社が名の知られた出版書籍販売業者であるかのような事実に反する説明をしていたこと、同原告が、被告から代金の交付を受けていたグリーンエーカー社からの前記の購入図書について、同社に対して代金の一部を支払わず、同社から被告に照会の手紙が来たこと、被告は、同原告に対し、インドにおける右出版図書の在庫分の引渡しを求めたが、引渡しがされていないことが認められるので、被告の代表者らが、被告大学教授会や、文部省に対して、同原告主張の前記の非違事実を述べたとしても、少なくとも、右事実が真実であると信ずべき相当の理由があるものと認められるので、右の者に故意又は過失があるとはいえないし、また、右事実は、同原告が被告の教授として行った職務上の行為に関するものであることも考え併せると、被告の代表者らが、その教授会や文部省に対して右事実を述べたとしても、違法性がなく、いずれにしても、不法行為に当たらないものというべきである。

また、被告の代表者らが、右の事実を同原告の日本、インドの知人に伝えたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はなく、また、仮に、右事実が認められるとしても、被告の代表者らに故意又は過失があると認めるに足りないことは右判示のとおりである。

なお、同原告は、被告の代表者らが、文部省に対し、同原告が自分の非を認めたなど、虚偽の事実を述べたことも、同原告の名誉を侵害する不法行為に当たる旨を主張するようであるが、被告の代表者らが、同原告の主張する右事実を文部省に述べたことを認めるに足りる証拠はない。

また、仮に、被告の代表者らが、文部省に対し、同原告の主張する右事実を述べたことが認められるとしても、前記認定の事実及び(証拠略)により認められる、同原告が被告代表者に対し、同原告の真意が被告を傷つける意図でなかったにもかかわらず、同原告が被告代表者の気持ちを傷つけたのであればお詫びしたいとの記載のある昭和六〇年一〇月二日付け手紙を送付した事実を考え併せると、被告代表者らが、右事実が真実であると信ずべき相当な理由があったということができるので、同人らに故意又は過失があるとはいえず、また、右行為に違法性が認められないので、同原告の右主張も採用できない。

3  また、同原告は、被告総務部長、監事が必要もないのに嫌がらせのために調査をして同原告の名誉を傷つけ研究活動を妨害した旨も主張するが、前記認定事実に照らせば、右調査が不要なものとは認められず、これが嫌がらせのためになされたこと及びその方法が強制にわたった事実を認めるに足りる証拠もないので、右調査の実施が違法であるとはいえない。よって、同原告主張の右行為が不法行為に当たるということはできないから、同原告の右主張も採用できない。

4  同原告は、被告が、同研究所のインド部門を閉鎖し、同研究所の所要経費の支弁や同原告立替金の支払を拒否して、同原告の研究活動を妨害したことが、同原告を不当に解雇するために理由がなくされた不法行為に当たる旨も主張する。

しかし、前記認定説示のとおり、同原告には就業規則所定の懲戒解雇事由があり、同原告が研究所における職務として行った図書購入手続や、出版費の使途などに前記のような問題があったことに照らすと、被告がインド部門の閉鎖を決めたことに違法性があるとはいえず、また、同原告が主張する被告のその他の行為も違法な行為とは認められない。

5  最後に、同原告は、被告が仮処分及び本訴において、故意に虚偽の契約書を提出するなどして雇用契約の終了を裁判上認めさせようとした不法行為がある旨も主張する。

確かに、被告が、その提出した(証拠略)は、(証拠略)の期間の記載を一部訂正し複写して作成したものであることは、二で説示したとおりである。しかし、当裁判所が、被告主張の期間満了による雇用契約の終了を認定せず、被告主張の懲戒解雇事由に基づく解雇により、本件雇用契約が終了したことを認める旨の判断をしたことは、前記のとおりであるので、仮に、被告が故意又は過失により同原告主張のような行為を行ったとしても、これにより、同原告の法的に保護された利益が違法に侵害されたり、損害が発生したものとは認められず、ほかに被告が同原告主張の不法行為に当たる行為をした事実を認めるに足りる証拠はない。

6  したがって、同原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五  結語

以上によれば、丙事件における同原告の請求は、いずれも理由がない。

第二甲事件

一  争いのない事実

被告は、教育基本法及び私立学校法に基づき学校を設置することを目的とする学校法人であり、肩書地において関西外国語大学及び同短期大学を設置していること、原告マツール(昭和六年七月二七日生)は、インド国籍を有する男性であり、昭和四八年四月、研究所教授として被告に雇用されたこと、原告ヴィデーウス(昭和一六年六月三〇日生)は、スウェーデン国籍を有する女性であり、昭和四八年四月、研究所講師として被告に雇用されたこと、被告が原告らの共済組合加入手続を昭和五七年七月八日までしなかったことは、当事者間に争いがない。

二  被告の説明義務違反の有無

原告らは、被告が、原告らを雇用する際、共済組合、健康保険制度、年金制度について何らの説明をせず、原告らが昭和四九年と昭和五一年ころ、原告らの加入の可否を尋ねた際にも、外国人は加入できないという誤った回答をしたり、「健康保険は掛金が高いので加入は得策でない。もしものときは、被告が費用を負担するので心配しなくてよい」と述べたりして、結局、昭和五七年七月、原告らを共済組合に加入させる手続をするまでの間、原告らに対し、共済組合に加入できることを隠していた旨主張し、被告の右行為が、債務不履行又は不法行為に当たるとして損害賠償を請求するので、まず、被告の右行為の有無について判断する。

1  原告マツール(第二回)及び同ヴィデーウス各本人尋問の結果中には右主張に沿う供述が、原告らの作成した覚書又は陳述書である弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる(証拠略)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)中には、右主張に沿う記載がある。

しかし、成立に争いのない(証拠・人証略)、同証言により真正に成立したものと認められる(証拠略)に対比すると、原告らの右供述及び(証拠略)は採用することができず、ほかに原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  かえって、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告ヴィデーウスは、昭和五〇年九月、大阪歯科大学付属病院において歯の診療を受け、担当医師から治療費の取扱いについて質問された際、健康保険のことは大学からも聞いているが、掛金の要る私学共済に加入する気はないと答えたこと、昭和六一年四月一一日の時点で、被告の外国人教員三八名中一五名が未加入であったこと、原告らの加入の際の負担額は、昭和四八年四月一日当時、原告マツールが月九三〇〇円(給与月割一八万三九〇〇円)、原告ヴィデーウス月三五〇〇円(同七万円)であって、その給与に占める割合は少額とはいえないこと、外国人教職員の中には、共済組合の長期給付である退職年金が二〇年間の雇用継続が要件とされるため、日本における滞在期間が不確定であり給付を受けられない可能性が高いと考えたり、健康保険についても、掛金が高いとして、配偶者の加入する健康保険で間に合わせたり、自分が国民健康保険に加入したり、また、本国で保険に加入して保険料を支払い、本国で給付を受けることを予定するなど共済組合への加入を望まない者も少なくないことが認められる。

そして、右認定事実と右の各証拠を総合すれば、被告は、その担当職員木村良春が、原告らを雇用する際、共済組合、健康保険、長期給付制度などについて説明して、加入についてその意向を尋ねたが、原告らが、自己負担の掛金額と給付内容、これを受けられる可能性などの利害得失を考慮した上で加入を望まない旨返答したこと、被告大学国際交流課山本甫係長と同課職員有馬慎二が、昭和五一年四月、ブランチ・ワトラスに対し加入手続を説明した際にも、原告マツールに対して加入の意思の有無を再確認したところ、同原告は、掛金が高い割に得るところが少ないので加入の意思がない旨返答したこと、被告は、このような原告らの意思を尊重して原告らの右加入手続をしなかったが、原告らが、昭和五七年七月ころ、改めて加入を求めたので、直ちに原告らを共済組合に加入させる手続をしたことが認められる。

したがって、右認定の経緯に照らせば、被告は、原告らに対し、その雇用の際に、共済組合の制度を説明した上、その加入の意思を確認し、その後も原告マツールに対し加入の意思を再確認しており、原告らは、被告の説明などから共済組合制度の内容について理解した上で、掛金の額などを考慮して、加入しても自己の利益にならないと判断して加入しない旨の希望を表明し、被告も、このような原告らの意思を尊重して、加入手続をしなかったものであり、その後、原告らが考えを変えて、改めて加入を求めた際には、直ちにこれに応じて加入手続をしたのであるから、被告に原告ら主張の説明義務違反の債務不履行又は不法行為は認められない。

4(ママ) なお、原告らは、右説明義務違反の主張以外に、被告が、私立学校教職員共済組合法上、原告らを、その同意の有無にかかわらず、当然に共済組合に加入させるべき法的義務を負っていたのであるから、雇用後直ちに右加入手続をしなかったこと自体が不法行為又は債務不履行に当たる旨も主張するようである。

しかし、原告ら主張のように、同法上、被告が、原告らをその同意の有無にかかわらず、共済組合に加入させるべき法的義務を負うものと解する余地があると仮定しても、右の認定事実によると、被告が、昭和五七年七月までの間、右加入の手続をしなかったのは、加入を望まない原告らの前記のような意思に従ったものであるということができ、右の事実からすると、原告らの自由な意思に基づく同意を得ていたものというべきであるので、少なくとも、原告らは、これについて、被告に対し債務不履行又は不法行為による損害賠償を請求することはできないものというべきであり、したがって、原告らの右主張を採用することはできない。

三  以上によれば、原告らの被告に対する右損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三乙事件

一  請求原因事実中、被告主張のころ、原告マツールが被告から本件小説の出版費用として金五五万〇二五〇円の支払を受けたこと、右小説が出版されていないこと、被告が、昭和六一年五月二五日、同原告に到達した書面をもって右金員の返還を求めたことは、当事者間に争いがなく、本件証拠によれば、その余の請求原因事実も認められることは、第一の三1に認定説示したとおりである。

二  同原告は、右五五万〇二五〇円をインド国内の出版社に支払い、右費用は、「口承文学」の出版費用に充てられた旨の抗弁事実を主張するが、右抗弁事実が認められないことは第一の三1に説示したとおりである。

三  以上によれば、被告の同原告に対する出版費用金五五万〇二五〇円の返還請求とこれを請求した日の翌日である昭和六一年五月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める被告の請求は理由がある。

第四結語

以上の次第で、原告らの被告に対する請求は理由がないのでいずれも棄却し、被告の原告マツールに対する反訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官倉地康弘は、転補により、署名捺印することができない。裁判長裁判官 松山恒昭)

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